相馬市九条の会では、戦争と憲法九条について、市民の皆さんに自由に語っていただく小懇談会を次々開く計画です。
その第一回は世話人の中島宏さんの呼びかけで、去る9月15日に中島さん宅で開きました。(出席者五人+事務局三人)
16歳で学徒動員、戦闘機に攻撃された中島さん。
まず、中島宏さんに戦争体験を語って頂きました。
「小泉首相だって戦争知らない世代だよ。戦争になれば前方も後方もない。同時に攻撃される。私は昭和20年2月、16歳で学徒動員された。福島県矢吹で食糧増産隊だったが農兵隊となって飛行場作りをしていた。兵隊といっても服装はてんでんばらばら、親から貰った服着てやっていたんだ。グラマン戦闘機に攻撃されて、頭の上に一日雷がいるようで、死ぬかと思ったよ。給料10銭貰って柿の皮や餅買って食った。餅といっても切り藁が入っている藁餅だ。馬だか人だかわかんない。次の朝、大便するのがひどい。終戦のラジオ放送はよく聞き取れなかった。そらから大変で、米軍が来たら竹槍で突っ込むっていう。家に帰れたのは終戦後一年してからだった」
相馬での戦争―原釜の塩田爆撃で朝鮮人などが死んだ
相馬での戦争のことが話しあわれました。
「石上に爆弾が落とされた。空襲には半鐘が鳴った」
「原釜の塩田で百人位働いていて、朝鮮人がいた。そこが飛行機で爆撃、銃撃されてかなりの数の人が死んだらしい」
「原釜の下がり松のところの隧道(ずいどう)工事に朝鮮人が働かされていて、死んだり怪我したりして戸板で運ばれた。軍に連れて来られた人々だ」
「今でいう拉致だね。その人たちの碑ないの?二重
三重にかわいそうだね」
「戦争というと食糧難をぱっと思い出す。考えるだけでもざわざわする」
「戦争のお陰で芋が嫌いになった。芋ばっかり食べてたから」
誰だって戦争きらいなはず。こういう会すごく良い。
「誰だって戦争嫌いなはずだよ。戦争したら日本は一発で終わりだ」
「憲法九条改正の国民投票したら反対が圧倒的になるかなあ」
「戦争嫌だという人は今度の選挙ではどこに入れたんだろう」
「こういう会はすごく良いと思う。今度は知っている人も誘って、自分の奥さんも一緒に懇談会しないとね」
こういう話し合いでした。
(記録、文責 大内秀夫)
