2006年05月07日

骨のうたう   竹内浩三・・・『声 「非戦」を読む』より

 詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「骨のうたう   竹内浩三」(『竹内浩三全集・1984年刊』より)です。
高田さんの解説によれば、このかなり知られている作品を書いた「竹内浩三は1942年10月に入営。1944年12月、斬り込み隊員として、フィリピンのルソン島に派遣される。この作品はその折に友人へ送ったものとされている・・1945年4月9日、フィリピンのバギオ北方1052方面の戦闘にて戦死、24歳の若さだった。竹内の絶筆となった友人宛ての手紙には「森ケイ……トキドキハガキヲカク気ニナルガ、イツモ出サズニヰル女人ノ名デアル」と書かれてあった。・・」と。(ここに竹内浩三の遺作をあつめたサイトあり)
以下は全文
 
s-模様152.jpg  

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2006年03月09日

病床のバラ   関根弘・・・『声 「非戦」を読む』より

 詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「病床のバラ   関根弘」(『奇態な一歩・1989年・土曜美術社刊』より)です。
 関根弘は青春時代、「天皇の軍隊に招集された」人。最後の一節と高田さんの解説を以下に引用。

   ・・・
   昭和の死は悲しくない
   早くぼくの人生も
   そっくりどこかへ運んで持ってってくれ
   生まれてきて損したよ

高田さんの解説
『この最後の一行はあまりにも哀しい。「戦争」は終わっても生き残り、戦後を生きた人間たちのその後の生涯は、逃げようもなく「戦争」をひきずったのだ。死んでいった人間たちの無念さとともに。』

*「激動の昭和」などというけれど、激動の真っ只中に人生ごと投げ込まれた人間の問題はどうする。国内外の何千万もの人間を激動に投げ込んだ人間はどうなんだ。「昭和の死は悲しくない」は痛烈。同じように「イラクの死も悲しくない」だろう。人間として扱われない日常の中での出来事だもの・・。なんて悲しい。九条改憲の向うにあるのはそういう日常に違いない。

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2006年02月11日

生ましめんかな――原子爆弾秘話――   栗原貞子・・・『声 「非戦」を読む』より

 詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「生ましめんかな――原子爆弾秘話――   栗原貞子」(『栗原貞子詩歌集・1946年8月・中国文化連盟叢書』より)です。
原爆投下から一年足らずで発表されたようである、この詩は多くの人に感動を与え、僕でさえ知っていた。原爆投下後に避難したビルの地下での産気づいた女性の赤ん坊を、重症であった助産婦がとりあげた翌朝、彼女は亡くなったという実話をもとにしたものである。先に生まれた人間があとに生まれてくる人間に力を貸し、死んでいく。何百万年前から続いてきた人間の営為を凝縮した瞬間。しかも、人間の手によって作られた地獄の中で。「生ましめんかな」は本来の人間の声であり、十何万人の生を瞬時に断った核兵器の使用、さらに戦争をどのような美辞麗句で飾ろうとも「生ましめんかな」の声の前にはその仮面をはがされるのだろうと考えさせられる。「生ましめんかな」の対極に9条改憲がある。
 なお、高田さんの解説によれば、作者の栗原さんは05年の3月に亡くなられたということだから、まもなく一周忌である。

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2006年01月28日

月経――アウシュヴィッツによせて    野田寿子・・・『声 「非戦」を読む』より

 詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「月経――アウシュヴィッツによせて    野田寿子」(『黄色いてつかぶと・1962年・地球社刊』より)です。
男である僕には「自分の問題」として共感しうる範囲の外にある詩ですが、高田さんは解説の最後を次のように締めくくっています。
『「戦争」をするのはいつでも男たちだった。それに翻弄された女たちの肉体の深奥から発した「怒りの声」がこの詩を産んだのだと思います。いつの時代にも、おんなたちは「戦争」に殺されるためのむすこ達を産んだ覚えはない。』

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2006年01月18日

曠 野   新藤凉子・・・『声 「非戦」を読む』より

 詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「曠 野   新藤凉子」(『薔薇ふみ・1985年・思潮社刊』より)です。
 高田昭子さんの解説には「1941年、満鉄に勤務していた新藤凉子の父上が蒙古で亡くなった。大連にいた9歳の彼女は父上の遺骨を迎えにゆく旅にでたのです。小さな小さないのちは、広い広い大地をひた走り、小さくなった父上を迎えに行ったのです。」とあります。
 この詩に音はなく、巨大な?静寂が感じられるのはなぜでしょう。広大な大地と長い歴史の前には、どのように占領者が一時、雄叫びをあげても、占領者の小ささはいずれ暴露されるということでしょうか。そして作者は占領国の一員としてではなく人間として「わたしは生きる 生きてやる」と決意するということなのでしょうか。

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2006年01月08日

夢   鳴海英吉・・・『声 「非戦」を読む』より

 詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「夢   鳴海英吉」(『定本・ナホトカ集結地にて』1980年・青磁社刊より)です。

以下はすべて

作業中ぼんやりと立っていた男が ふっと
   とうめいなものを見た と言う
   とうめいなものが見える訳がない
   何故だ
   とうめいなものがどうして見えないのか
   見てはいけないのか
   そう言う男は すきとおっていた

   厳寒(マローズ)のなか 立ったまま死んだ男は
   そう言い切ってしまったあとだ
   その男の魂の抜けた分だけ ちぢこまって
   ひとまわり 小さくなっていた
   昼間から夢を見ている奴は死ぬぞ
   この厳寒は 頭の中を狂わせる
   身体のどこでも凍る

*こういった現実が戦争によって生み出されたことはもうどうでもいいように扱われている。9条を葬ることはこういう無数の現実が確かにあったことを葬ること。政治の最高責任者が靖国参拝することもしかり。
 鳴海英吉の上にさらなる悲劇がまっていたことについては高田さんの解説を。
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2005年12月24日

伝言   加藤温子・・・『声 「非戦」を読む』より

 詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「伝言   加藤温子」です。

 戦争という怪物はなにもかも飲み込んでしまう。しかも、いく通りものむごたらしい仕方で。「戦争のあとに残るのは苦しみと悲しみと恨みだけだ」という昨日の琉球放送の番組の言葉を思い出す。「戦争に犠牲は当然」という言葉がこの日本でも再び聞こえることのないように、今できることを。

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2005年12月15日

寂しさの歌   金子光晴・・・『声 「非戦」を読む』より

 詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「寂しさの歌   金子光晴」です。

 長い詩で、難解ですが後半は平易です。この詩は敗戦直前の5月5日につくられていることにまず驚かされます。
 詩の前にニーチェの言葉『それ(国家)は冷たい顔で欺く。欺瞞はその口から這ひ出る。「我国家は民衆である」。』がおかれています。小泉政権下に生きているものには胸に落ちる言葉です。読み進むにつれて、日々に流れている高揚したテレビの画面の背後からひたひたと寂しさがせまってくるような気になってきます。

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2005年12月08日

一九四五年秋 T   中桐雅夫・・・『声 「非戦」を読む』より

 詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「 一九四五年秋 T   中桐雅夫」です。

以下は抜粋

   ・・・・
   この丘上の。一切の世俗は廃れて。
   ・・・・   
   ただ。懈怠の念いに堪えず。
   ・・・・   
   わが秋の。黄昏のしゃつの重きや。

○引用者注 【懈怠】(けたい・かいたい)・・・なまけること。おこたること。怠慢。

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2005年12月01日

君死にたまふことなかれ  与謝野晶子・・・『声 「非戦」を読む』より

 詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回はあまりにも有名な「君死にたまふことなかれ  与謝野晶子」です。

以下抜粋
   ・・・・
   親は刃をにぎらせて
   人を殺せとをしえしや、
   人を殺して死ねよとて
   二十四までををそだてしや。
   ・・・・
   旅順の城はほろぶとも、
   ほろびずとても、何事ぞ、
   君は知らじな、あきびとの
   家のおきてに無かりけり。
   ・・・・
   獣の道に死ねよとは、
   死ぬるを人のほまれとは、
   大みこゝろの深ければ
   もとよりいかで思(おぼ)されむ。
   ・・・・

*与謝野晶子の100年前の詩が、再び今日的な意味をもちはじめ、その力強い七五調が胸に迫って感じられるという昨今の状況の恐ろしさを再認識させられる。彼女のその後の思想的変遷がどうであろうとこの詩はそれ自体として輝かしい生命力を持ち、親の子への思いと「私」を基盤におく非戦の声を上げ続けている。日本国憲法のもとの、日本の親のおそらく全部が「人を殺して死ね」と子供を育てはしないだろう。また子供自身が「死ぬるを人のほまれ」だと教えている親もいないだろう。当然、時代を超えた普遍的な親の気持でもある。
 また「旅順の城はほろぶとも、ほろびずとても、何事ぞ」の主張にあらわれているように「公」の上に「私」を置く論理である。まさに、日本国憲法の論理。これを逆転せずに、戦争はやれない。自民党改憲案の公益至上主義がそれを示している。「死ぬるを人のほまれ」と教育する装置はまさに靖国。それらを総合的・日常的に行うのが教育基本法の改悪。
 彼女は「乱臣なり、賊子なり」と最大級の悪罵を投げつけられた。自由民権運動圧殺後、大日本帝国憲法が天皇によって国民に押し付けられ(日本国憲法が議会で審議されたという点だけでも国民からみれば帝国憲法よりまし)てから15年後のことであった。
(ヒフン)

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2005年11月21日

いつも見る死   財部鳥子 ・・・詩人 高田昭子さんの【声 「非戦」を読む】より

 詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「いつも見る死   財部鳥子――避難民として死んだ小さい妹に」です。

*高田さの解説によれば、この詩は、1946年、旧満州から引き揚げて来、そのときの過酷な体験に基づく詩のようである。財部鳥子の脳裏に、いつも妹の死を見せ付ける戦争。”愛する人を守るために”戦ったなどのお門違いの謳い文句をつける大東亜戦争肯定論者たちは、まず、彼女のような悲しみに思いをめぐらしてから、論立てをしているのだろうか。

以下は抜粋。

   いもうとは空色の服をきて
   草むらに見え かくれ
   いもうとは顔のような牡丹の花をもって
   あ 橋のしたを落ちていく
   ・・・・
   
   いもうとは 鳥の巣のある草むらにまぎれこんだ
   いもうとは タワン河(ホー)のきいろい水勢に
   のまれてしまった
   ・・・・

   そしてわたしは不意に目ざめる
   戻れない 泣き声ののこる夢のあわいで
   わたしは銃声を一発 ききたくない

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2005年11月10日

死のなかに   黒田三郎 ・・・詩人 高田昭子さんの【声 「非戦」を読む】より

 詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「死のなかに   黒田三郎」です。

*戦争は体験者の身体の中に深く沈潜し、ときに表面に出て蝕みはしても、「電車のつり革にぶら下がって」いる日常の中では忘れ去られていくのだろうか。この時「電車のつり革にぶら下がって」いた人たちの子、孫たちは「平和がいいが戦争をしなければならないときもある」と訳知り顔にほざく。黒田三郎はこんな将来を見ていたんだろうか。

以下は抜粋。

 
   死のなかにいると
   僕等は数でしかなかった
   臭いであり
   場所ふさぎであった
    ・・・・・
   戦争が終ったとき
   パパイアの木の上には
   白い小さな雲が浮いていた
   戦いに負けた人間であるという点で
   僕等はお互いを軽蔑しきっていた
    ・・・・・
   僕等は故国へ送り返される運命をともにした
   引揚船が着いたところで
   僕等は
   めいめい切り放された運命を
   帽子のようにかるがると振って別れた
    ・・・・・
   そのひとりである僕は
   東京の町に生きていて
   電車のつり革にぶら下っている
   すべてのつり革に
   僕の知らない男や女がぶら下っている
    ・・・・・

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2005年10月30日

葬式列車  石原吉郎  ・・・詩人 高田昭子さんの【声 「非戦」を読む】より

詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「葬式列車  石原吉郎」です。
 高田さんの解説によれば石原吉郎は25歳で召集され、8年間のシベリア抑留生活を経て帰国したのが38歳であった。彼の著書の中に「戦争のもっとも大きな罪は、一人の運命に対する罪である。」との言葉があるという。戦争の本質を丸ごと言いえた言葉だと感銘します。そして、この詩は「貨車に詰め込まれ収容所に送られてゆく人々のすでに『死』と隣合わせの風景」だと。
 だが、今読むとまるで現在から孫たちの世代の日本人が置かれるかもしれない状況と二重写しに見えてきて、暗澹たる気分になる。詩の中の「駅」が自民党改憲案や米軍再編の中間報告が連日報じられる“今”であるような気がして。
「誰が機関車にいるのだ」は“今”上げなければならない声ではないだろうか。

以下は抜粋。

  なんという駅を出発して来たのか
  もう誰もおぼえていない
  ただ いつも右側は真昼で
  左側は真夜中のふしぎな国を
  汽車ははしりつづけている
  ・・・

  誰でも半分はもう亡霊になって
  もたれあったり
  からだをすりよせたりしながら
  まだすこしずつは
  飲んだり食ったりしているが
  もう尻のあたりがすきとおって
  消えかけてる奴さえいる
  ああそこにはたしかに俺もいる
  ・・・
  
  やりきれない遠い未来に
  汽車が着くのを待っている
  誰が機関車にいるのだ
  巨きな黒い鉄橋をわたるたびに
  どろどろと橋桁が鳴り
  たくさんの亡霊がひょっと
  食う手をやすめる
  思い出そうとしているのだ
  なんという駅を出発して来たのかを


相馬市大町
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2005年10月23日

召集   金子光晴

詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「召集   金子光晴」です。

 高田さんの解説によれば「(金子光晴は)1944年、息子に召集令状がきたとき、息子を大雨の中に裸で一時間も立たせたり、部屋に閉じ込めて生松葉でいぶしたりして、気管支炎カタルの発作を起こさせ、1945年の召集と二度にわたり、息子の招集をまぬがれさせた。」と。

以下は抜粋

   ・・・・・
   子は、衰えて眠る。夜もふけて、
   父は、子のそばで紅茶をいれる。
   人がみな、鬼狼になった時代を、
   遮断する、破れカーテンのうち、
   ・・・・
   この部屋も、あすは木っ端みじんとなろう。
   だが、その刹那まで、
   一九四〇年日本の逆潮を尻目の、
   ここの空間だけが、正しいのだ!

*九条が変えられることによって、さまざまな悲しいことが起ることは確実に予想される。「イラク戦争の崇高な使命とは何か」をブッシュに厳しく問いただしている、息子をイラクで亡くした母親の声がやっとアメリカ世論を動かしつつある。ただ、それが声になるまでイラク戦争で双方に取り返しのつかない、多数の命が失われているのであり、また失われ続けている。金子光晴のように並外れた強靭な個性は「人がみな、鬼狼になった時代」に「正しい空間」を守るために、別な意味で「鬼」にならなければならなかった。「普通の国」の普通の人もまたそれ相応に鬼にならざるをえまい・・・。
まだ遅くない。九条がある。改憲に×をつけることは強靭な意志なしにもできることに思いをめぐらしたい。(アーボ)

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2005年10月12日

香水――グッド・ラック   吉野弘・・・詩人 高田昭子さんの【声 「非戦」を読む】より  

詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「香水――グッド・ラック   吉野弘」を紹介します。

以下は抜粋

   グッド・ラック

   なんて、ひどい生の破片、死の匂い

   たちこめる強烈な匂いの中に
   溶け入るよう
   蒼白な画面に
   君は
   消えた
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2005年10月03日

終わりと始まり   ヴィスワヴァ・シンボルスカ  ・・・詩人 高田昭子さんの【声 「非戦」を読む】より  

詩人、高田昭子さんのサイト「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)のなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。
 今回は「終わりと始まり   ヴィスワヴァ・シンボルスカ

以下はその一部。

   それがどういうことだったのか
   知っている人たちは
   少ししか知らない人たちに
   場所を譲らなければならない そして
   少しよりもっと少ししか知らない人たちに
   最後はほとんど何も知らない人たちに

   (今の、日本がちょうどそうですね)
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2005年09月22日

 米  天野忠  ・・・詩人 高田昭子さんの【声 「非戦」を読む】より    

 チョッと奇妙でややこしいですが、「haizara Net」(灰皿ネット)というサイトの中に「Suigara-yama383 Haizara-chou」(灰皿町吸殻山383番地)というサイトがあります(全貌が掴めないほどもっともっと複雑なサイト群なのですが、簡単に紹介)。詩人、高田昭子さんのサイトです。このなかの「声 「非戦」を読む」にある非戦の詩を逐次紹介します。冒頭にある「私の終戦日記  早川照雄(My father)」を読むとお父様の本籍は相馬郡新地村(現新地町・・相馬市の北隣)字新地107番地のようです。不思議な因縁です。
 今回は「米  天野忠
以下は抜粋。

   そしてさっきの汽車の外へ 荒々しく
   曳かれていったかつぎやの女を連れてきてくれたまえ
   どうして夫が戦争に引き出され 殺され
   どうして貯えもなく残された子供らを育て
   どうして命をつないできたかを たずねてくれたまえ
ニックネーム きゅうちゃん at 11:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 【声 「非戦」を読む】より